アフォーダンスと組織開発と

 
アフォーダンスという言葉があります。
 
アフォーダンスとはアメリカの知覚心理学者ジェームズ・ギブソンが提唱した考え方で、近年は人工知能から種々のモノづくりまで様々な領域で注目されている考え方です。


上の本オススメなんですが「新版 アフォーダンス」によると、アフォーダンスは次のように説明されています。
 
アフォーダンスは、英語の動詞アフォードを名詞化したギブソンの造語である。…中略…アフォーダンスは「環境が動物に与え、提供している意味や価値」である。よいものでも(食物や住まいのように)、わるいものでも(毒や落とし穴のように)、環境が動物のために備えているのがアフォーダンスである。  佐々木正人 新版アフォーダンス P60 岩波新書
 
ウィキペディアではもう少しわかりやすく(?)説明されています。
 
ギブソンの提唱した本来の意味でのアフォーダンスとは「動物と物の間に存在する行為についての関係性そのもの」である。例えば引き手のついたタンスについて語るのであれば、「”私”はそのタンスについて引いて開けるという行為が可能である」、この可能性が存在するという関係を「このタンスと私には引いて開けるというアフォーダンスが存在する」あるいは「このタンスが引いて開けるという行為をアフォードする」と表現するのである。要点は行為の可能性そのものであるため、そのタンスが引いて開けられるのだと示すインターフェイスを持つか否か、ひいては”私”自身がそのタンスを引いて開けることが可能だと認識しているか否かは全く関係ない。タンスに取り付けられているのが「引き手に見えない、あるいは引き手として使用できそうもない引き手」であっても、”私”に引いて開ける事が可能ならば、その両者の間にアフォーダンスは存在するのである。
https://ja.wikipedia.org/wiki/アフォーダンス
 
ちょっと難しい概念なのかもですが、僕なりにざっくり説明すると「環境が示唆する可能性、行為」がアフォーダンスという言葉の真髄なのかと思っています。
※似たようなものに「シグニファイア」という概念があります。興味がある方はこのページなんかが、アフォーダンスとシグニファイアの違いがわかりやすいです。
 
 

アフォーダンスの観点から組織を見てみると

 
で、このアフォーダンスという考え方は組織開発にもすごく活用できる考え方だと思います。
 
「こういう組織にいると、人はついこういう行動をしてしまうよね」というものを、組織という環境が人に行為を誘発しているものだと考えることができるからです。
 
私達はつい「あの人が」そういう行動をしている、「あの人」が「個人として」行動を進める(改める)べきだと、その人個人に焦点をあてて考えてしまいます。
 
が、実はその行動は「組織という環境」がそうさせているかもしれないわけです。
 
アフォーダンスはそんな視点をもたらしてくれるんですね。
 
近年、組織は生命システムだ、一つ一つの全てが影響をしあっているんだ、という考え方が高まりつつあります。(ちなみに、組織とは機械だ、1つ1つの要素は分割できて取替可能なものだ。というのは機械論パラダイムです。現在はこの機械論パラダイムが主流に思えます)
 
組織という環境が個人の行動をアフォードしているという考え方は、この生命的なシステム論と合致する部分があります。
 
なにか問題があったとしてもそれを構成要素1つに還元すべきではないと。環境全体としてそれが影響しあっているのだと。そんなことが示唆されると感じているからです。
 
ということで、ギブソンのアフォーダンスの視点を使えば組織をもっと理解できるのかもということでした。
 
・自分のその行動は組織の何にアフォードされているのか?
・自分のその行動は誰の何をアフォードしているのか?
 
そんなことを考えると、面白いリフレクションができるかもしれません。