Twitterでボソボソとつぶやいていたのですが、Twitterを材料にしてブログ書いてみたら?という実験。
組織開発とか人材開発とかの企業における「評価」ってなんだろな、というのをグルグルと考えてみました。
そもそも評価ってのが何のためにあるのか、ということを考えてみると、目的を達成するための現在地確認だと考えられる。近づいてたらそのまま進めばいいし、違ってたら違う方向に進めばいい。その際はまた、現在地を図る基準(評価基準)を変えればよし。
— hisa (@hisa_nakashima) July 29, 2017
ところで、評価を考えるのは、マネジメントを考えるため。マネジメントが旧来のパラダイムから変わることは確定してて、そこを変えるなら評価も変わる必要があるとの関係から。
— hisa (@hisa_nakashima) July 29, 2017
そしてマネジメントを考えるのは、マネジメントの目的である、価値が変わるため。世の中にはいろんな価値が台頭してきた。究極的には何のために働くのか、どう過ごしたいのか、どうあれば幸せなのか、に行き着く。
— hisa (@hisa_nakashima) July 29, 2017
そこに変化が起きているため、繋がって繋がって、評価の考察が必要になるのでございます。
— hisa (@hisa_nakashima) July 29, 2017
ちなみに、企業での評価といったら今は「生産性」という言葉がすぐ出てきますね。
何かをするのなら、業績、それでなくても「生産性」に繋がることであるべきだし、「生産性」がどれだけ伸びたかを見るのが一番良い。そういう要望があると感じています。
で、そこで決まって出てくる問題が「生産性ってどうやって測るの?」というもの。みんなココでウンウン唸っています。
特に、僕らが属している組織開発とか人材開発とかのHR部門では、本当にその活動は会社に取って価値があるの?(生産性が上がるの?)というのは常に言われているところです。
でも今のところの結論から言うと、真実の計測は無理だと思います。
ある活動をした!→生産性が上がった!というのを因果で示すのは技術的に厳しいと言わざるを得ないと。
だって変数が多すぎるわけです。いろんな要因がいろんな角度から関連してて、それ全部追うとか無理でしょ、という状態になっています。
他の会社で「コレコレをしたら生産性が上がった!」というのは結果論にしかならなくて、自分たちの会社で同じことをしたからって、生産性が上がるとは限りません。(上がるかも知れないし、そうでないかも知れない。上がったからといって、その活動が原因とも限らない)
ただ、生産性があがらない(上がるとは言えない)なら、組織開発とか人材開発は要らないでしょ。というわけにはいきません。それをしないと、きっと会社は数年後にボロボロになって、結局(きっと)生産性が下がります。(それを信じないのなら、やる必要はないでしょう)
多分、組織開発とか人材開発の活動は「生産性」を指標にすべきではない、のですね。タイプが合わない。アイスの美味しさを測るのに、せんべいの売れ行きを測るようなもんです。(それならアイスの売れ行きを測るべき)
メンテナンス指標という考え方
では、何を指標にすべきなのか。
生産性とかをパフォーマンス指標と呼ぶなら、それと対をなすメンテナンス指標というものがタイプがあうと思います。
メンテナンス指標とは、パフォーマンスのサポートをする指標のことです。例えば、従業員の職場満足度や、離職率などが対応します。直接的にパフォーマンスに関わっては居ませんが、間接的に大きく関わっているものを指します。関係の質を測るもの、と言い換えてもいいかもしれません。
僕らHR系が見ていくのはそこです。関係の質が結果の質に繋がっていると信じているからです。
結論がちょっと飛躍しますが、スイスのビジネススクールのシュロモ・ベンハーは次のように言っています。
広く学習分野においては、学習前後の変化を実証し、ビジネスへのインパクトを示すためには、とにかく自分のデータを信じて評価作業を行うしかないということだ。…中略…。ここで最も肝心なのは、学習評価は技術的に完璧である必要はないということである。学習が及ぼすインパクトのみを切り出し、企業利益に対する純然たる学習のインパクトを示すことが常に求められているわけではない。
シュロモ・ベンハー 企業内学習入門 P182 英治出版
関係の質が結果の質に繋がることを信じることが大切なんですね。
哲学的な領域のことなのかもしれませんが、評価の背景に因果がある時代は終わりに近づいているのかもしれません。
評価の背景には相関しかなくて、関連しているかもしれないし、していないかもしれない、そういう領域を評価することがこれからの僕らには求められていそうです。
評価に関するパラダイムシフトがあって、新しいパラダイムに移行したところが、サスティナブルに生き残る未来があるのではと考えています。
※ちなみに、関係の質が云々は、こちらの記事の成功循環モデルの考え方。