最近、成長とは何?ということを考えています。
というのも、このプロセス認知スペクトルの記事でも書いたのですが、労働として人間がやることは、「ルーチン」から「イノベーション」に不可逆に進んでいるからです。
ルーチンはロボットやシステムがやってくれるんです。人間は、これからはロボットやシステムを使っていく側、つまりルーチンではなくて、イノベーションをつくる方をメインにやっていくことが求められる時代がくると思うのです。
今の教育システム、成長の方向って、言われたことをきちんとやり遂げる側面が結構あると思うんですよね。それって、ルーチンの成長です。
もちろんルーチンの成長も大事でしょうが、それ以外の「機械に出来ない」成長ってのを人間はしないといけないと思うわけです。
機械に出来ない成長とはどんな成長でしょうか。
ここでは成長=人間が自分のため・そして社会のために役立つようになること、と定義して、成長というものを考えてみます。
■一般的に考えられている成長とは?
まず、ふつう成長といったら何を思い浮かべるんでしょうか。
ナカシマのイメージでは、成長といったら、学校で勉強ができるようになった、子供が生活で新しいことをできるようになった、そんなことを思うと思います。
もちろん、大人でも会社で新しい業務を担えるようになったら、社員が成長したと言うのだと思います。
この成長には、一つ前提が含まれてまして、それは「新しく物事ができるようになること」です。
このパラダイムでいう成長って、家の増築みたいに、既存の何かに、新しく出来ることが増える、追加される、ってものだと思うのです。イメージで言うと足し算ですね。勉強すれば、どんどん新しいスキルが足し算されて、自分のため・社会のために役立てる人間になる、それつまり成長したといえることになる、という算段です。
そしてもう一つ大事なのが、この追加されるスキルってパッケージされたものなんですよね。
誰かが体系化してて、その使い手としてスキルを身につける。そんなイメージも、この旧パラダイムの成長には含まれていると思います。つまり、成長は正しいやり方で決まった手順の何かができるようになること、という側面も結構あるのではないかと思うのです。
ルーチン時代の成長のイメージ1:新しく物事ができるようになること
ルーチン時代の成長のイメージ2:体系化されたスキルを身につけること
■ルーチンの「成長」はもはや「成長」ではない
では、その決まった手順でパッケージ化されたことができるようになる成長では何がまずいのでしょうか。
それは最初に記載している「機械」が答えですね。パッケージ化された手順が決まっていることは、もはや機械がやってくれるようになります。車の運転だって、工場での製品の組立だって、ドンドン機械化されています。つまり、手順が決まっていることは、人間がする必要がなくなってくるわけです。人件費をたくさんかけるより、機械化した方がコストが安い時代がやってくると思うのです。
そんな時代がくるとしたら、人間の教育、成長とは、新しいスキルパッケージを覚えること、ではなくなってきます。機械に勝つ(という表現は違うかもですが)ためには、人間はイノベーションの土俵に移らないといけないわけです。
ここで、ようやく成長の捉え方が変わってきます。成長とはイノベーションを起こせるようになること、そんなふうに捉える必要がありそうです。「何か新しく物事が出来るようになる」という「成長」は、もはや「成長」と呼べなくなる時代なのではないでしょうか。
■イノベーションの時代の成長とは?
ここで気になるのは、イノベーション時代の成長とはどんな成長なの?ということでしょう。
ナカシマ、結論だけ言うと「変化できること」だと思います。
ここでいう変化は、このダブルループ学習が回せること、に近いです。
図のように、物事の前提から考え直すことができる、そして行動をつくることができる。
このようなメタ認知は機械がまだ得意でない部分であり、人間が強い部分だと思うのです。
そしてこのメタ認知の力とは、まさにリフレクションの力でもあります。起きたことを認識し、その本質を考えていくと、自然とダブルループ学習が生じるのです。
というわけで、やはりリフレクションはこれからキーになる言葉ですし、考え方です。皆さんも勉強しといて絶対損はない分野だと思います。
学校でも、企業でも、組織の学習に携わっている方はぜひ「リフレクション」というキーワードにアンテナを立ててみてくださいね。