「モチベーションを引き出すには、その人の『やりたい!』を引き出す必要がある」
育成に興味のある方ならどこかで聞いたことがある言説だと思います。
しかし、その「やりたい!」という気持ちは、本物でしょうか? もしかすると、一見意欲的に見えるその行動も、実は巧妙に隠された「やらないといけない(have to)」から来ているのかもしれません。
今回は、本当の「やりたい(want to)」と「疑似やりたい」、つまり「やらないといけない(have to)の勘違いと罠をご紹介してみようと思います。
「Want to」と「Have to」の境界線にある「罠」
私たちは仕事を進める上で、日々さまざまな意思決定を行っています。「これをやりたい!」という内なる声に従うときもあれば、「〜しなければならない」という状況や責任感から行動するときもあるでしょう。
心理学の世界では、前者を「内発的動機づけ(Want to)」、後者を「外発的動機づけ(Have to)」と呼びます。
- Want to(内発的動機づけ): 行動そのものが目的であり、自分の興味や楽しさ、好奇心から生まれるエネルギーです。「面白いからやる!」「もっと知りたいから探求する!」といった状態です。
- Have to(外発的動機づけ): 賞罰、評価、義務感など、外的な要因によって行動が促される状態です。「給料のため」「怒られたくないから」「期待に応えるため」といった動機がこれにあたります。
一般的に、創造性や持続的なモチベーションのためには、「Want to」を見つけることが大切だと言われています。
しかし、ここに一つ興味深い「罠」が存在します。その罠を説明するために、まず有機的統合理論について見てみましょう。
有機的統合理論について
有機的統合理論とは、自己決定理論の一部の理論のことで、動機づけを内発的動機づけ、外発的動機づけに分けて考える理論です。有機的統合理論では、外発的動機づけは単純なものではなく、いくつかの段階があるとされています。
- 外的調整: 報酬や罰則によってコントロールされる段階。「これをやればボーナスが出るからやる」
- 取り入れ的調整: 義務感や罪悪感を避けるために行動する段階。「やらないと上司に叱られるからやる」
- 同一化的調整: その行動の価値や重要性を理解し、自分にとって意味があると判断して行動する段階。「この仕事は自分のキャリアにとって重要だからやる」
- 統合的調整: その行動が自分の価値観や人生の目標と深く結びついている段階。「このプロジェクトは、社会貢献という自分の信念に合致するからやる」
図にするとこんな感じでしょう。
注目すべきは、「同一化的調整」と「統合的調整」の段階です。これらは外発的動機づけに分類されながらも、本人は「自分で選んでやっている」「やりたいことだ」と強く感じている場合があります。自らの価値観と一致しているため、「Want to」と区別がつきにくいのです。
例えば、「会社のビジョンに共感し、その達成に貢献したい」という気持ちで仕事に取り組むのは素晴らしいことです。しかし、それが心の底からの「楽しい!」「面白い!」という感覚を伴わず、「そうすべきだから」「それが自分の役割だから」という意識が強い場合、それは「Want to」の仮面を被った「Have to」である可能性があります。
この「罠」は、自分自身でも気づきにくいのが特徴です。「確かに自分もそう思うからやろう」と納得して動いているつもりでも、もしその活動から「楽しさ」や「ワクワク感」が抜け落ちていたら、それは長期的に見るとモチベーションの低下や燃え尽きに繋がる危険性を宿しているわけです。
「純粋な Want to」と「統合された Have to」を見分ける視点
では、目の前の行動が「純粋な Want to」なのか、それとも「高度に内在化された Have to」なのかを、どう見極めればよいのでしょうか。重要なのは、行為の「プロセスと楽しめているか?」ということです。
例えば、「統合的調整」の段階では、「これは自分の人生のビジョンに合うからやる」というように、主観的には「Want to」と感じられる状態です。しかし、もしその行為は、それ自体が「楽しいから」行っているのでしょうか?それとも「価値があるから」行っているのでしょうか?
楽しさが失われたとしても、価値観が揺らがない限りはモチベーションが急激に低下することは少ないかもしれません。しかし、逆に言えば、その「価値」が揺らいだ時に、モチベーションが一気に失速する可能性を秘めているのが、統合的調整であり、これは疑似want toとでも言うことができそうです。
「Want to」か「Have to」か?その差がもたらす長期的影響
意思決定の際に、「仕事とはそういうものだから」「それが社会の常識だから」といった外部基準(Have to)に頼るか、「自分は何をしたいのか?」という内なる声(Want to)に頼るのか、この積み重ねは、年月を経るごとに大きな差となって現れます。
例えば、Want toで行動すると、 プロセスそのものを楽しむため、失敗を恐れず、学びの機会と捉えやすい傾向がつくられるでしょう。新しいアイデアや斬新なアプローチも生み出しやすい人になるかもしれません。
一方、Have toで行動すると、結果が価値に直結しやすいため、失敗が自己否定に繋がりやすく、リスクを避ける傾向が強まるかもしれません。責任感は強くなるかもしれませんが、ある程度年齢を重ねていくと「あれ、自分って本当にこれでいいんだっけ?」と中年キャリアクライシスにつながる可能性もあります。
企業の成長にとって、社員の創造性や自律的な行動、そして心身の健康は不可欠です。「Want to」を育むことの重要性が、ここからも見えてくるかと思います。
「Want to」純度は? 3つの問いかけ
自分自身、あるいは部下の言動が「純粋な Want to」に近いのかどうかを見極めるために、例えば以下のような問いかけが役立ちます。
- 楽しさか義務感か?
- その仕事が終わった後、「またすぐにでもやりたい!」と心から思うか?
- もしそれをやらなかったとしたら、「罪悪感」や「自分の価値観に背いた」という感覚が先に立つか?
- それ自体が楽しくて、フロー状態になっているか?
- その活動をしている最中、時間を忘れるほど没頭しているか?
- 終わった後、心地よい疲労感とともに「充電された」ような感覚があるか? それとも、クタクタで「やり遂げたけど、もうヘトヘト…」という感覚か?
- 価値で動いているのか?
- もし、その行動に対して周囲からの評価や報酬が一切なかったとしても、同じように、同じ熱量で取り組むか?
- もし、その活動の先にあった目標(昇進、達成など)がなくなったとしても、その活動自体を続けたいと思うか?
これらの問いかけに対して、YESといえるほど「純粋な Want to」の純度が高いと言えるでしょう。もし迷う項目が多ければ、「Have to」の要素が混ざっている可能性を考えてみても良いかもしれません。
企業として「Want to」を育む環境デザイン
では、社員の「Want to」を増やし、主体性を育むために、企業やリーダーは何ができるのでしょうか。引き続き自己決定理論で重要とされているのは、次の3つの心理欲求を満たす組織づくりです。
自律性 (Autonomy): 「自分で選びたい」「自分の意思で行動したい」という欲求
- やってみると良いこと: 仕事の進め方や目標設定に選択肢を与える、意見を表明できる場を設ける、裁量権を委譲する。
- 問いかけ例: 「この目標を達成するために、どんなやり方が一番あなたらしい(ワクワクする)と思いますか?」「もしあなたがリーダーなら、この課題にどう取り組みますか?」
有能感 (Competence): 「能力を発揮したい」「成長したい」「達成したい」という欲求
- やってみると良いこと: 挑戦的でありながら達成可能な目標を設定する、強みを活かせる役割を与える、具体的なフィードバックを適切な頻度で行う、成功体験を積ませる。
- 問いかけ例: 「今のやり方で、一番成長を感じた瞬間はどんな時でしたか?」「この経験から、次に活かせそうなことは何だと思いますか?」
関係性 (Relatedness): 「他者と尊重し合える良い関係を築きたい」「誰かの役に立ちたい」という欲求
- やってみると良いこと: チームメンバーと成果や感情を共有できる場(定例ミーティング、社内SNS、サンクスカードなど)を設ける、協力し合える風土を醸成する、心理的安全性の高い環境を作る。
- 問いかけ例: 「この仕事を進める上で、誰と協力すればさらに面白くなりそうですか?」「チームに貢献できたと感じたのは、どんな時ですか?」
これらの工夫をすることで、社員は仕事に対して「自分で選んでいる」「自分にはできる」「仲間と繋がっている」という感覚を持つことができます。これが、内発的な「Want to」の気持ちを育む土壌となるわけです。
最後に:あなたの「Want to」は?
今回の議論を踏まえて、ぜひ一度、ご自身を振り返ってみてください。
- あなたのwant toは本当にwant toですか?疑似want to (have to)だったりしませんか?
want toを見つけることができれば、日々の行動の動機づけ、意思決定の質が高まり、仕事でもより良いパフォーマンスを出すことができるようになるはずです。